大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1672号 判決 1965年4月30日
理由
控訴人が、金額二〇万円、満期昭和三三年一二月三一日、支払地及び振出地大阪市、支払場所三和銀行森小路支店、振出日昭和三三年九月二五日、振出人斎藤俊亮、倉橋栄、受取人納春枝、第一裏書人納春枝、被裏書人被控訴人、第二裏書人被控訴人、被裏書人控訴人(拒絶証書作成義務免除)なる記載ある約束手形一通(甲第一号証)を現に所持していること、控訴人が右手形を満期に支払を受けるため支払場所において呈示したがその支払を拒絶されたことは、いずれも当事者間に争がない。
右事実によれば、被控訴人は右手形の裏書人として控訴人に対し右手形金及びこれに対する満期から支払ずみにいたるまでの法定利息の支払義務を負うものというべきである。
そこで、被控訴人の抗弁について審案する。被控訴人は、右手形の第二裏書欄になされた被控訴人の署名捺印は手形の裏書行為に該当せず、しからずとするも被裏書人たる控訴人との間に手形裏書人に基く担保責任を負わない特約が存したものであるから、被控訴人は裏書人としての支払義務を負わない旨主張する。
(証拠)を綜合すれば、左の事実を認め得る。
被控訴人は、宅地建物取引業を営んでいるものであるが、昭和三〇年一月頃から訴外斎藤俊亮をその店員として雇入れ、不動産の下見、顧客に対する案内等をさせているうち同訴外人が顧客から預つた金員を使い込む等の不法行為をしたことが判明したので、被控訴人は同年一二月頃同訴外人を解雇した。被控訴人が右斎藤の使い込みによつて受けた損害は約八〇万円にものぼり、被控訴人も大いに困却していたところ、たまたま、控訴人から控訴人も右斎藤に金二〇万円ほどを貸し付けており弁済してもらえないがどうしたものかと相談に来た。そこで、控訴人及び被控訴人は斎藤に対し共同戦線を張ることとし、それぞれ同年一二月中斎藤を横預、詐欺等の罪名で大阪旭警察署に告訴したうえ、翌三一年から三三年にかけて各自自己の蒙つている損害の補填を受けるべく、両人連れだつて大津市内の斎藤の実家に斎藤及びその姉倉橋栄を訪ね支払を督促すること再三に及んだ。しかるに、斎藤の実家は寺であつて、同人も倉橋もこれといつて財産がないため被控訴人らの損害金請求も効を奏しないでいたところ、控訴人は昭和三一年六月三〇日頃斎藤をして金額一九万六、〇〇〇円の約束手形を控訴人あて振り出させ、これに倉橋をして裏書をさせたうえ、被控訴人方に持参し、「斎藤も貴方の裏判があれば貴方に迷惑をかけられないと思つて責任上必ず支払つてくれると思うから裏判をしてもらいたい、貴方に請求したり、迷惑をかけたりはしない。」旨被控訴人に申し入れた。右申入の趣旨は、右斎藤は被控訴人から相当恩顧を受けていながら損害を蒙らせているので、斎藤の債務につき被控訴人が責任を負うことになつておれば斎藤も自責の念にかられて多少でも支払をするであろうということにあつたので、被控訴人も控訴人の言を信じ右手形の第二裏書欄に署名捺印した(これが甲第二号証である。)。控訴人は右手形を同年九月三〇日の満期に取立のため銀行に渡したが支払を拒絶されたので、爾後二、三回に亘り斎藤と倉橋に手形を書き替えてもらいその都度前同様の趣旨で被控訴人に裏書をしてもらつていた(従つて、不渡りになつたからといつて、裏書人たる被控訴人に請求したことはなかつた。)。このようにして書き替えていつた最後の手形が本件手形(甲第一号証)であるが、本件手形の場合は、控訴人において斎藤及び倉橋に共同振出人になつてもらい、受取人欄及び第一裏書欄白紙のまま第二裏書欄に被控訴人の署名捺印を得、その後において控訴人が本件に何の関係もない料理屋の女将納春枝に受取人欄及び第一裏書欄を補充させたので、控訴人自身は第二裏書の被裏書人となつているものである。
以上のように認められ、右認定に反する原審及び当審における控訴人本人尋問(原審は第一、二回)の結果はにわかに措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
右事実関係によると、被控訴人は本件約束手形の裏書欄にこれが手形であることを認識したうえ署名捺印したものと認められるので被控訴人の行為が、手形の裏書にあたらないということはできないけれども、右署名捺印の際の控訴人との折衝の経緯に照し控訴人との関係において手形の裏書人としての責任を負わない旨の特約がなされていたものと解するのを相当とする。してみると被控訴人の抗弁は理由があるものといわなければならない。